🗻
1 ラジオで流れていた、聴取者からの投稿記事をアナウンサーが朗読
する中、アナウンサーの朗読が、小さい娘が自分(=いま60才代の女性)の昔、
何十年か前の作文を見つけた時の話になった。
しかも、娘が声を出して、その作文を読んでくれたのだった、とのこと。。
ところが、私(=投稿者)の作文の、『なのに』註1)になった箇所で
私の娘は、ある歌の節を付けて歌い出したーーーーーーーー。
私が書いた作文は、その節の曲である「若者たち」註2)がヒットする前に
書いたものだったから、私には不思議な感じだった。
『どうして知っているの?』
娘は曲のタイトルは知らなかったけど、『なのに』の
節の付け方は、大きくなって、その曲を耳にして、親しみ
気に入っていたのだった。
口ずさむことが出来たのは、こういう事からだった。
2 その後直ぐに、ラジオからは倍賞千恵子が歌う
「若者たち」が流れ出した。
『うん、タイミングが良い!』
何秒かして思わず、それを聴く僕の眼から思わず、
涙が溢れて来た。
🛤️🛤️🛤️🛤️🚧🚧🚧🚧🛤️🛤️🛤️🛤️🚧🚧🚧🛣️🛣️🛣️🛣️
3 若者たちの詩は、以下の通りである。
君のゆく道は
果てしなく遠い。
だのになぜ
歯をくいしばり
君はゆくのか
そんなにしてまで
君のあのひとは
今はもういない
だのに
何をさがして
君はゆくのか
あてもないのに
君のゆく道は
希望へとつづく
空にまた陽が
昇るとき
若者はまた
歩きはじめる
君のゆく道は
希望へとつづく
空にまた陽が
昇るとき
若者はまた
歩きはじめる
4 上の『果てしなく遠い、だのにーーー歯をくいしばりーーーそんなにしてまで』が
自分のこれからの人生を暗示している、と思ったからだ。
わたしたちは、また「若者」にならないと、生きて行けない? 生き延びれない?
ウィルスの騒動が終わった後、いまの世界は
無くなってしまっている。
竜宮城から帰って来た世界が待っている。
🌋🌋
註1)なのに、は「若者たち」の歌の中では だのに、でした。
2)作詞 藤田敏夫 1968年
🐨⏲️🕐🕰️🕘🕚🕛🕒🕰️🕓🕗⏲️🦃🕡🕢🕣🕝🕰️🕢⏲️🐨
2020-04-28
2020-04-23
画面を通して与る主の復活
🗻
1 今年、二月、灰の水曜日の夜の御ミサから帰って来た妻が、
教会のミサが暫く無くなると、僕に告げて以来、もう二ヶ月経ちます。
それでも、インターネットの画面越しに復活祭や復活の主日のミサに与ることが
出来て、良かったです。
ユーチューブの画面越しに、いくつか、発見が有ったからです 註)。
2 復活祭のライブ中継は、11日の夜に東京カテイドラルからのものでした。
司式を為さる菊地功 大司教の説教は、御声がとても理性的で
聴いていて明るくなる感じでした。
大司教の流れ出て来る言葉は厳密に論理的で、良いミサでした。
約二週間経って、僕の記憶に残っている言葉が有ります。その一つは、
ーーー 今、この世が十字架に架けられている。
3 イエス・キリストの十字架において、イエスは人間の罪と咎を
贖います。御自分の躰を売り渡し、世のひとの罪と咎をイエス・キリストは
買い戻します。
この贖いの為に、イエスは苦しまれるのです(何故わたしが十字架に?)。
しかし、父である神はこの苦しみと死の中から、
子であるイエスを引き揚げ、復活させます。
わたしたちも暗闇である自分の罪と咎から解放されようとして、
神がイエス・キリストに為さったことを『私達にもして下さい!』と
祈ります。
この祭儀が、復活祭です。
私達における、暗闇から光への脱出の時間なのです。
4 しかしながら、この世が今、新型コロナウィルスという
暗黒、悪霊に裁かれています。
この世が十字架に架けられている、とは単なる痛みと苦しみ
そしてその延長にある死が、人間に与えられているだけではないか?
何か有るのか、絶望以外に?
しかしながら、苦しみには、二種類有ります。
苦しみを自明の様に考えないで下さい!
ただの苦しみつまり自然的な苦しみと、自己の人生を考え耐えるべき苦しみです。
十字架そのものは、苦しみを象徴しますが、決してただの苦しみではありません。
苦しみの後に来る自己を深く洞察する時、苦しみを超えたものが出てくるのです。
それが希望です。
いまは、その希望の為の苦しみの時です。新しい自己を手に入れる為に耐える時です。
註)復活祭主日のミサは、アイルランドからの
ライブ実況でした。
その建物の中が重厚な感じで、
古代の建築様式かな、と素人ながら
感心した次第です。
🐐🐑🐐🐖
1 今年、二月、灰の水曜日の夜の御ミサから帰って来た妻が、
教会のミサが暫く無くなると、僕に告げて以来、もう二ヶ月経ちます。
それでも、インターネットの画面越しに復活祭や復活の主日のミサに与ることが
出来て、良かったです。
ユーチューブの画面越しに、いくつか、発見が有ったからです 註)。
2 復活祭のライブ中継は、11日の夜に東京カテイドラルからのものでした。
司式を為さる菊地功 大司教の説教は、御声がとても理性的で
聴いていて明るくなる感じでした。
大司教の流れ出て来る言葉は厳密に論理的で、良いミサでした。
約二週間経って、僕の記憶に残っている言葉が有ります。その一つは、
ーーー 今、この世が十字架に架けられている。
3 イエス・キリストの十字架において、イエスは人間の罪と咎を
贖います。御自分の躰を売り渡し、世のひとの罪と咎をイエス・キリストは
買い戻します。
この贖いの為に、イエスは苦しまれるのです(何故わたしが十字架に?)。
しかし、父である神はこの苦しみと死の中から、
子であるイエスを引き揚げ、復活させます。
わたしたちも暗闇である自分の罪と咎から解放されようとして、
神がイエス・キリストに為さったことを『私達にもして下さい!』と
祈ります。
この祭儀が、復活祭です。
私達における、暗闇から光への脱出の時間なのです。
4 しかしながら、この世が今、新型コロナウィルスという
暗黒、悪霊に裁かれています。
この世が十字架に架けられている、とは単なる痛みと苦しみ
そしてその延長にある死が、人間に与えられているだけではないか?
何か有るのか、絶望以外に?
しかしながら、苦しみには、二種類有ります。
苦しみを自明の様に考えないで下さい!
ただの苦しみつまり自然的な苦しみと、自己の人生を考え耐えるべき苦しみです。
十字架そのものは、苦しみを象徴しますが、決してただの苦しみではありません。
苦しみの後に来る自己を深く洞察する時、苦しみを超えたものが出てくるのです。
それが希望です。
いまは、その希望の為の苦しみの時です。新しい自己を手に入れる為に耐える時です。
註)復活祭主日のミサは、アイルランドからの
ライブ実況でした。
その建物の中が重厚な感じで、
古代の建築様式かな、と素人ながら
感心した次第です。
🐐🐑🐐🐖
2020-04-19
この世を動かす時 時の文法(1)
🎆
1 私の住んでいる筑紫野市天拝坂地区の南西、登り詰めた奥の高台に、
天然温泉とバイキングレストランがあって、一ヶ月に一回程、妻と
食べに行くことが有ります。
その最初、建物が出来た時から有る温泉は、正確な意味での温泉ではないのですが、
お風呂の中から二日市の全域を望む事が出来、夜は夜景がきれいです。暗い森の中から
電気のついた世界を見つめる感じです。
その温泉と同じフロアにあるレストランは何時も、待たされる事が普通ですが、
先月末に給料が出て妻と行った時、時刻は六時だったのですが、三組のお客の後に
食事にありつけました。
一時間程、待つのが普通なので、少し驚きでした。
一度かなり前に、夜七時過ぎの受付で、待ち時間が二時間です、と
言われて、暫く我慢していてやはり怒ってしまい、二人で自宅近く、
県道17号線沿いの焼肉屋さん(近辺で一番ひとが多い感じのお店)に
逃げ出して行ったことが有ります。
先週、緊急事態宣言の後は、この流行っていた焼肉屋も閉店状態です。
タブレットを持った店員がお客から注文を画面に打ち込む、すると、
瞬間的に調理担当の係りに作るべき料理の情報が入る。
野菜料理が美味しかった記憶が有ります。
しかし、今は福岡市近郊にある支店の推定約10軒も、すべて閉店では
ないかと想像します。
当然、一店に10人近く居るはずの社員、アルバイト従業員は
自宅待機になってしまっていると考えます。
2 あっと言う間に、世の中が変わってしまいました。
基本的には時が変わると言い方が根底に有るのですが、その時の
質的な視点の変容によっては、時節、時代または歴史という
特別な表現が用いられます。
つまり、時節が変わった、時代が変わった、歴史が変わる。
時間が何処かただ流れるのに対して、時はある時、うねりの勢いのように
強く働くことがあります。
時間は動かす、とは言わないが、時は動かす、と言えます。
3 不況、倒産と失業、自殺者の増大、ーーーこれから予想される暗い
ニュウスの原因が、一人一人の人格的な人間の在り方というより、
今生きているこの時代、いま続いている時に置き換えられる季節が
やって来ました。
確かに、ある場合、時が追い風として現れますが、いまは
ひとを苦しめる主体者として時が現れています。
わたしたちは、歯を食いしばって耐えて行かなければなりません。
しかし、いつ迄耐えるのでしょうか?
連休明け迄だったら良いですがーーー。
🎬🎬🎬
1 私の住んでいる筑紫野市天拝坂地区の南西、登り詰めた奥の高台に、
天然温泉とバイキングレストランがあって、一ヶ月に一回程、妻と
食べに行くことが有ります。
その最初、建物が出来た時から有る温泉は、正確な意味での温泉ではないのですが、
お風呂の中から二日市の全域を望む事が出来、夜は夜景がきれいです。暗い森の中から
電気のついた世界を見つめる感じです。
その温泉と同じフロアにあるレストランは何時も、待たされる事が普通ですが、
先月末に給料が出て妻と行った時、時刻は六時だったのですが、三組のお客の後に
食事にありつけました。
一時間程、待つのが普通なので、少し驚きでした。
一度かなり前に、夜七時過ぎの受付で、待ち時間が二時間です、と
言われて、暫く我慢していてやはり怒ってしまい、二人で自宅近く、
県道17号線沿いの焼肉屋さん(近辺で一番ひとが多い感じのお店)に
逃げ出して行ったことが有ります。
先週、緊急事態宣言の後は、この流行っていた焼肉屋も閉店状態です。
タブレットを持った店員がお客から注文を画面に打ち込む、すると、
瞬間的に調理担当の係りに作るべき料理の情報が入る。
野菜料理が美味しかった記憶が有ります。
しかし、今は福岡市近郊にある支店の推定約10軒も、すべて閉店では
ないかと想像します。
当然、一店に10人近く居るはずの社員、アルバイト従業員は
自宅待機になってしまっていると考えます。
2 あっと言う間に、世の中が変わってしまいました。
基本的には時が変わると言い方が根底に有るのですが、その時の
質的な視点の変容によっては、時節、時代または歴史という
特別な表現が用いられます。
つまり、時節が変わった、時代が変わった、歴史が変わる。
時間が何処かただ流れるのに対して、時はある時、うねりの勢いのように
強く働くことがあります。
時間は動かす、とは言わないが、時は動かす、と言えます。
3 不況、倒産と失業、自殺者の増大、ーーーこれから予想される暗い
ニュウスの原因が、一人一人の人格的な人間の在り方というより、
今生きているこの時代、いま続いている時に置き換えられる季節が
やって来ました。
確かに、ある場合、時が追い風として現れますが、いまは
ひとを苦しめる主体者として時が現れています。
わたしたちは、歯を食いしばって耐えて行かなければなりません。
しかし、いつ迄耐えるのでしょうか?
連休明け迄だったら良いですがーーー。
🎬🎬🎬
『危機を認める誠実さ 必要』 続き
🗻
前回の記事で、要点はスペイン風邪の致死率は2%だった。
新型コロナウィルスの場合も致死率は2%になるでした。
∴分かりやすさを第一に考えて、新聞記事の順序を少し変えています。
1 ーーーー スペイン風邪の流行は1年余り続きました 註)。
ジャレドさん : 新型ウィルスがいつまで続くのか予測は難しい。
通常、感染には波があり、今は第一波です。それを
乗り切った人々が戸外に出て、人々と接触を再開する中で
第二波が起こる。波が幾重になるかわかりませんが、
一つの波が半年続くとすれば、流行は1年以上、2年続くかも
しれません。
2 ーーー 新型コロナウィルスは中国湖畔省武漢市が感染源です。
トランプ大統領は中国ウィルスと呼びました。
シャレドさん :まずは疫病と人類との関わりに言及しましょう。歴史的に見て、
私たちの知る大抵の疫病は野生動物、あるいは家畜に寄生した
ウィルスが人間に感染して発症したものです。
天然痘は主にラクダ、結核やハシカは主に家畜に由来します。
ジャレドさん :2002年のSARS(重症急性呼吸器症候群)も発生源は中国の野生
動物市場。コウモリに宿ったウィルスが市場で食用に売られた
ハクビシンを経て人間に感染したのは間違いない。
中国当局は2002年に野生動物市場を閉鎖すべきでした。
閉鎖しなかったことが今の事態を招いたのでした。
ジャレドさん :今回はどうか。疫病発生を受けて野生動物市場は閉鎖された。
だが、まだ不十分です。食用とは別に生薬の材料として
野生動物の取引が横行しているからです。座視すれば、
再び中国で疫病が発生します。中国当局は生薬絡みの
感染経路も断つべきです。
註)約半年6ヶ月の周期で、三波続き、第一波の時の死者数が圧倒的に多かった。
👹👹👹💇👹👹👹
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