1 昔、小さい時に持っていた
永遠 という言葉
懐疑的に成り、離れてしまった
青春時代
そして忘却の彼方に消えて、
今では
人魚のような 永 遠
2 でも、トマス的な思考を
すれば、また永遠に帰れる
永遠という言葉を二つに
区別して、
不完全な永遠と完全な永遠に
分けるのだ
私たちはキリストへの信仰に
よって不-完全な永遠に辿り
着ける
3 一義的に永遠を考えて、
解ったふりをしないことだ
永遠を完全なものと考えたら、
それだけでロスタイムを
産んでしまい
挙句の果て死語にしてしまう
何と恐ろしい
4 エキュニズムという言葉を
知っているだろうか
だけど、他の信仰に寛大
なカトリックの信仰に固有な
事に、
不完全な意味での永遠に
与かることが出来る
完全な意味での永遠は、
それ自体であるものだから、
持つことが出来ない
だけど、不-完全なそれは
カトリック信仰の視野に
入って来る
5 永遠を時間に大文字を
充てるなら、
Eternity is Time
である
比喩的な言い方をすれば、
time とは諸々の川である
でも、Time は大きな河川
なのだ。
大きな河川があって、
そこから
水は一つ一つの川に流れて
いく
時間とは 大 時間である
ところの永遠なしには
有り得ないのだ
2022-08-31
2022-08-28
太郎ちゃんの失敗 笑い話1
💣続くコロナ時代💣
昨日の世界データでは、感染者が6億
(死者647万)です
1
太郎ちゃんは鏡に向かい、
シャンプーしています
左側隅に男のひとがやって来て、
座ります
太郎は アレッ と思います
二人だけの入浴客です
2
太郎は身体を洗い、立ち上がります
そして広バスタブに歩いて行き、
入口近くの取っ手から
湯に浸かります
3
新しく老人が入って来て、湯の
中に据わり、また、立ち上がり
湯の中をこちらの方に歩いて
来ます
「頭 シャンプー❕」
4
ああ、頭のシャンプーを落とさ
なかった。
太郎ちゃんは慌てて、
シャワー🚿のある所へ
急ぎます😅
昨日の世界データでは、感染者が6億
(死者647万)です
1
太郎ちゃんは鏡に向かい、
シャンプーしています
左側隅に男のひとがやって来て、
座ります
太郎は アレッ と思います
二人だけの入浴客です
2
太郎は身体を洗い、立ち上がります
そして広バスタブに歩いて行き、
入口近くの取っ手から
湯に浸かります
3
新しく老人が入って来て、湯の
中に据わり、また、立ち上がり
湯の中をこちらの方に歩いて
来ます
「頭 シャンプー❕」
4
ああ、頭のシャンプーを落とさ
なかった。
太郎ちゃんは慌てて、
シャワー🚿のある所へ
急ぎます😅
2022-08-13
発明
1 どうしても、自称 哲学者 と言われるものは、
観念的な性格を帯びてしまうようです。
自分が見つけたようにみえる 真理の世界が、
時間そして時代の進捗に負けてしまう
うさぎと亀の話があります。時間 時代が
うさぎで、自称 哲学者が 亀です(最後の
亀の勝利は考えません)
自称ではなく端的な philosophos に
なるには、哲学は 少なくとも
観念的では いけません
2 秋の気配を感じるこの頃ですが、まだ、
暑さが続きます
と同時にコロナウイルス肺炎への 対策が
重要な時間になっています
3 僕が考えた マスク着用の アイディアが
有ります。
もし、面白い と思ったら 実行してください
自分が使うマスクを ボウルに入れ、冷たい
水に漬けておく
水を切って、両方の耳に掛ける
新しいタオルで、そのマスクに
残っている 水分を取ってしまう
冷たいマスクが出来上がり、
マスクが口、顎の部分とノドの
一部分を一時的な限定ですが、
冷やしてくれます
一時間から二時間は有効です
そして、ウィルスが侵入しにくく
成ったかも?
Windows の メール から送信
2022-08-07
小学校前を通って
暑くて、今は公園に歩くのは
自重しています
コロナウイルス蔓延の為、
リハビリが休みになりました
発想を変えて、身体を柔らかく
すればと思うようになりました
1ヶ月の間、市の福祉保健施設に
通いながら、お湯のなかで
柔らかい体を作る日々です
市の福祉バスが無料で、入浴が
安いパンを買う感じです
2022-07-30
⭐完全さという言い方 2
1「人間はなにも知らないのに
かぎります」
「私は何も知らない人間の仲間です。
何も知らなければこそ、参謀総長に
もなり、陸軍大臣にもなり、大警視
にもなり、はなはなだしきは、
文部大臣にもなりました。
何も知りませんから、どんなところ
へも向きます」
「まことに重宝な人間でございます」
2 司馬遼太郎 坂の上の雲 の
一節からの引用である 註1)
この 坂の上の雲 4 という小説は、
日露戦争(1901~1904)の戦争
そのものを描く。
バルチック艦隊がロシアの
ペトルブルクを出港して、はるばる
アフリカ大陸の南端を通り、何と
日本海まで進み、そこで迎え撃つ
日本海軍との戦いを描いた小説
である
何と現代では、unbelievable な
小説である
だが、小説はその直前、旅順での
激戦を描く。
無能な司令官に代わり、一時の
司令を遂行する児玉源太郎、
彼の悪戦苦闘は、涙なしでは
読めないのだ
3 書き出しの大山巌の言葉註2)は、
私達矮小な人間を笑うようで、
何ともすがすがしい。
「私達の行為」の多くは、今日、
知っているという習慣に支えら
れているのですが、
しかし反面では、
「私達のあること」はある空洞の
ままです(また、知らないままです)
4 私の足は、その股関節部分に
まだある空洞が残るのか、
右足を少し引きづる感じです。
バス停で、座ったら?と言われる
ことが有りますが、暑くても、
立ったままです。
座ると、足が弱くなる感じです。
終る
註1) 司馬遼太郎 坂の上の雲
文藝春秋社 2004年
註2) 同書 102頁 103頁
💸ごめんなさい
訂正を忘れていました。
7月12日分は次のように直します
トマスか?
(変な日本語になっています)
かぎります」
「私は何も知らない人間の仲間です。
何も知らなければこそ、参謀総長に
もなり、陸軍大臣にもなり、大警視
にもなり、はなはなだしきは、
文部大臣にもなりました。
何も知りませんから、どんなところ
へも向きます」
「まことに重宝な人間でございます」
2 司馬遼太郎 坂の上の雲 の
一節からの引用である 註1)
この 坂の上の雲 4 という小説は、
日露戦争(1901~1904)の戦争
そのものを描く。
バルチック艦隊がロシアの
ペトルブルクを出港して、はるばる
アフリカ大陸の南端を通り、何と
日本海まで進み、そこで迎え撃つ
日本海軍との戦いを描いた小説
である
何と現代では、unbelievable な
小説である
だが、小説はその直前、旅順での
激戦を描く。
無能な司令官に代わり、一時の
司令を遂行する児玉源太郎、
彼の悪戦苦闘は、涙なしでは
読めないのだ
3 書き出しの大山巌の言葉註2)は、
私達矮小な人間を笑うようで、
何ともすがすがしい。
「私達の行為」の多くは、今日、
知っているという習慣に支えら
れているのですが、
しかし反面では、
「私達のあること」はある空洞の
ままです(また、知らないままです)
4 私の足は、その股関節部分に
まだある空洞が残るのか、
右足を少し引きづる感じです。
バス停で、座ったら?と言われる
ことが有りますが、暑くても、
立ったままです。
座ると、足が弱くなる感じです。
終る
註1) 司馬遼太郎 坂の上の雲
文藝春秋社 2004年
註2) 同書 102頁 103頁
💸ごめんなさい
訂正を忘れていました。
7月12日分は次のように直します
トマスか?
(変な日本語になっています)
2022-07-24
完全さという言葉 1
1時間を拡げて考えてみるならば、
生の目的と呼ばれるものを思い
つかないひとはいないだろう
しかし、このことは慎重に考える
必要がある
普段、会社勤めをしているひとは
日々の自分の仕事を、その都度
片付けていくことが求められる
だろう。
そこでの支配的な価値観とは、
完全さかも知れない
ひとつひとつ、自分に与えられた
仕事を確実にミスをしない態度が
ないと、上司から信用を得ること
は出来ない
2 しっかりと、仕事をこなす生き方は
自己を高めることに繋がるが、
そこから、更に人生の目的とは何か?を考えることは、何か難しいことに
見えて来る
そもそも、時間、空間に限られた自分の仕事は、何日何時までに成し遂げることが課題になっている。
これに対して、人生の目的とは、
そうした時間、空間の枠から自由になっていて、その場面でこそ
この目的については考える必要が
あるのだ
だけど、第一、人生という言葉が
自分にまだ真に迫って来ないのでは
ないか
人生という言い方が自分に取り、
据わりが良くなるには、長い時間が
必要だ
このことだけでも、人生の目的という言葉は
意識になかなか、登ってこないように見える。
生の目的と呼ばれるものを思い
つかないひとはいないだろう
しかし、このことは慎重に考える
必要がある
普段、会社勤めをしているひとは
日々の自分の仕事を、その都度
片付けていくことが求められる
だろう。
そこでの支配的な価値観とは、
完全さかも知れない
ひとつひとつ、自分に与えられた
仕事を確実にミスをしない態度が
ないと、上司から信用を得ること
は出来ない
2 しっかりと、仕事をこなす生き方は
自己を高めることに繋がるが、
そこから、更に人生の目的とは何か?を考えることは、何か難しいことに
見えて来る
そもそも、時間、空間に限られた自分の仕事は、何日何時までに成し遂げることが課題になっている。
これに対して、人生の目的とは、
そうした時間、空間の枠から自由になっていて、その場面でこそ
この目的については考える必要が
あるのだ
だけど、第一、人生という言葉が
自分にまだ真に迫って来ないのでは
ないか
人生という言い方が自分に取り、
据わりが良くなるには、長い時間が
必要だ
このことだけでも、人生の目的という言葉は
意識になかなか、登ってこないように見える。
2022-07-18
💘💤まだ分からないこと(2)
1変な日本語であろう。前回の
存在のある、という表現である
でも、考察の流れとしたら、
仕方がないのだ。言葉がある、
その言葉のあることに向かう、
でも言葉を言葉たらしめている
のは、その存在である
だったら、そのあることが問題に
なる
だけど、存在をあると考えると、
あるのある となって、ますます
変である
2 次のように考えてみれば、
少しは明るくなる。
存在という言葉を、魂の存在と
限定して用いることだ。それ以外
の意味では使わないことだ
そして、魂の存在とは魂の経験を
意味する。ここが大切なところだ
3持続した仕方で、私達の魂が
経験しているものに眼を向けて
みたら良い。
思慮に代表される所のさまざまな
善、またこれと反対のさまざまな
悪徳
わたしは、habitus を通して
魂の完成した状態 perfectio
とこれの反対の状態を描くことが
トマス・アクィナスの哲学の目的
ではないかと観ている
存在のある、という表現である
でも、考察の流れとしたら、
仕方がないのだ。言葉がある、
その言葉のあることに向かう、
でも言葉を言葉たらしめている
のは、その存在である
だったら、そのあることが問題に
なる
だけど、存在をあると考えると、
あるのある となって、ますます
変である
2 次のように考えてみれば、
少しは明るくなる。
存在という言葉を、魂の存在と
限定して用いることだ。それ以外
の意味では使わないことだ
そして、魂の存在とは魂の経験を
意味する。ここが大切なところだ
3持続した仕方で、私達の魂が
経験しているものに眼を向けて
みたら良い。
思慮に代表される所のさまざまな
善、またこれと反対のさまざまな
悪徳
わたしは、habitus を通して
魂の完成した状態 perfectio
とこれの反対の状態を描くことが
トマス・アクィナスの哲学の目的
ではないかと観ている
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