秋の緑色とコントラスト(4)
●詩 2013年1月 新しい微笑いの詩 手を加え再放送
🚦変わったのは
🚥プロローグ
知人研究者を励ます
詩
1 変わったのは、深く考えることの意味です。
深遠さではなく、自分以外の人によく理解されることが、
そしてこのことを産み出すものが、深く考えることです。
2 明晰さへの持続的な努力が深く考えることです。
そしてこの努力から生まれるのが、ある内面的な明るさです。
3 切手のマニアという言い方をしますが、
明晰さへのマニアが、わたしたちです。
時間と魂の存在 二回目の続き
1 前回、ある病気は安定度が高く、健康へと変化しにくい、したがって その病気は
ハビトゥスである、と言いました。
今日は、上の主張へ補足を加えて先に、つまり 健康はどうなのか?を示します。
たくさんの病気のなかで、治りにくい、治らない病気が見出されますが、
すべての病気が治りにくい、治らないうわけではありません。
例えば、風邪をひいて熱が引かないので、内科の医者に診てもらう。注射を打ち、適切な風邪薬をもらって家に帰る。で、熱が下がり、喉の痛みが消える。
こうした形の治る病気はたくさん有ります。
こうした安定性、安定度の弱い症状の病気を、トマス・アクィナスは状態 dispositio と
呼んでいます。
2 それでは、健康はどうか?
病気と同じように、安定度が弱い、と考えることが相応しいのか?
したがって、健康は状態である、安定度の高い ハビトゥスではない。多くの人にとって
健康は持続的なものではない、特に高齢者に取って、健康は有り難きことに、幸せに属すると考えられます。
3 以下、トマスが 健康を単なる状態とは考えていないことの意味を考えてみます。
健康が病気と同列に扱えないのは、健康は身体の自然本性 natura との結びつきを
持っています。
トマスはアリストテレスの ヘクシス(性向と訳される)の意味を更に深めて、
ハビトゥス は自然本性との結び付き(或いは自然本性からの離反)を持つと考えていて、ここ、
身体のハビトゥスについてもこの規定を宛がうわけです。
ただ、大切なことに、 健康は身体の natura (=nature )との結びつき・秩序 ordo に
おいてある、とは このnatura が健康の原因として把握される、ということです。
身体の本性に健康は与かっている、ここが状態として理解される病気とは区別される。
4 トマス・アクィナスが、健康を単なる状態ではなく、
ずっと持続的な状態( dispositio habitualis )と呼んでいるのはこの為です。
ただ、この言葉は、難しい感じですね。
日本語の他の訳は、習慣的な状態、性向的な状態です。
笑い話になってしまいますが、 habitus dispotionalis (状態的な持続?)という
用法はないです。
5 色を考えます。
赤い色があり、茶色があります。
そして、赤い色と茶色の真ん中に、ワインカラーの色がある理解はどうでしょうか。
時間と魂の存在 二回目
前置き
新しい微笑いの詩 2013年2月に投稿した記事に手を入れた形で再放送するのは、
トマス・アクィナスのハビトゥス(ラテン語が habitus)に関心を持って貰う為です。
そしてこれからは、稲垣先生の習慣という訳ではなく、持続(広い意味での安定的な持続と厳密な意味での持続)
という訳を用いて、ハビトゥスについての考察を始めます。
☔今日のタイトル: dispositio habitualis という表現
1 いま、病気や健康が見出すことが出来る身体というひとの自然本性に眼を向けて、
ハビトゥス の意味に接近しようとしています。Habit や類似したヨーロッパの言葉とは
異質な言葉が habitusであるので、意図して接近するという表現を用いています註)。
身体は行為との連関で言及されることが有りますが、この観点は以下除きます。
2 ある病気、例えばある種の腫瘍、癌と呼ばれる病気は癒しがたい、変化という視点で話せば、
治りにくい。健康に属する他の状態に変化しにくい。悪い意味での安定度が高く、ずっーと
持続する。つまり、治らない。
もっと言えば、その対立概念である健康へともたらされる可能性が低い。
この場合、この病気は ハビトゥス に属すると考えます。
3 それでは、健康はどうでしょうか?
健康は あるハビトゥスでしょうか、ハビトゥスに属すると考えて良いのでしょうか?
たまたま、この記事を読んでいる人間がいて、長い人生の中で病気をした事がないひとであれば、
健康は ハビトゥスである!と諸手を挙げてしまうかも知れません。
次の投稿で、トマス・アクィナス が 健康は ハビトゥスではないと考えていることを示します。
続く
註)habitus は日本では稲垣訳の習慣、そしてアリストテレス の書物 「カテゴリアイ 」での ギリシャ語、
hexis(ヘクシス)を そのまま訳したように見える 性向がよく知られている。
煮て食べる、大根おろしを使って大根をすりおろす、他にも有るかも。
僕が見つけたのは、100円ショップで見つけた用具を使うことです。
上から大根の大きさを適当に切り、更に1/4にして上から力で押し込む。
写真の赤い器具がそうです。
その隣りは昨晩、かりん酒に漬けた大根、また器具の後ろは玉ねぎのサラダ
ドレッシングに漬けている大根です。
庭に植えている大根は、今年の春は根が浅いものばかしで、
失敗でした(来年収穫のものはとてもいい感じです)。
上の写真の大根は市販のものを一本、使い切っています。
朝起きたら、何片かの大根を食べてから、一日の活動を始めます。