2019-12-01
長崎市県営野球場
🏔️🏔️
去る11月23日、何十年振りかでローマ法皇が日本にやって来て、次の日の日曜日に
長崎市松山に有る野球場でミサが行われることになっていた。
24日の当日の早朝は、一週間に一回通っている教会の近く、3号線沿いに
大型バス一台と小型のバス一台が待機していて、朝8時に太宰府市を出発、
高速道路を通って、長崎平和祈念像のある平和公園の地下駐車場(広大な広さ!)に
潜り込んだ。
そこから歩き出す、バスの中で雨合羽を着て、ミサが行なわれる会場の野球場へ途中、
持ち物検査を経て、約20分程歩く。傘は厳禁。
大変なひとの数で、しかも長崎市内は雨。
ほとんどのひとは雨合羽姿だった。
10時半前に、野球場の指定場所である二階3塁側の内野席に登り着く。
座って、妻とあと一人の教会の女性と三人で、ミサの始まる時間まで待つ。
12時前に、雨が止み、段々青空が拡がっていく。
妻の左側に座られた純真のシスター二人の話しでは、日曜日朝、
長崎市内は豪雨だったとのこと。
ローマ法皇が司式なさる位置は、野球場の造りでは
外野のセンターに当たる場所だった。私たちの位置からは
座って左方向を見る感じだった。
空は雲一つない真っ青になり、しかも暑い感じの展開になった。
雨合羽の下に冬の寒さを予想して厚着の僕は汗をかくことになった。
フランシスコ法皇が、ライトの方からオゥプンカーに
立つようにして現れたのが13時半前だった。車は、3塁方向へ進み、
私たちの前で右に約90度曲がり、司祭200名以上待機する司式会場へ入る。
また何分か後に、ライトから車で法皇は現れ、今度は司式会場の真中を進まれた。
法皇のすぐ後ろで立ち姿の、video 撮影カメラマンの真剣な動きが眼に入って来る。
大型スクリーンに同時中継だ。
バックネットの後方、最高部椅子に空白が見えるだけの約3万人の出席者
(グランドの椅子に座っているものとスタンドの固定席に座っているもの)の歓声が
最も大きくなったのは、こうした場面だ。
御ミサは、教会の毎週日曜日のそれとは異なり、荘厳なものだった。
わたしたちはフランシスコ法皇の御顔、躰の動きと大型スクリーンに
写り出された文字を観ながらミサに与った(法皇自身が話されている
スペイン語の翻訳?)。
ただ、センター方向からの太陽の光が僕の眼に入って文字がよくみえない
(今日の12月1日教会のミサ後に、プリントアウトされた説教内容を入手)。
説教後の聖体拝領は、グラウンド内の信者に限られ、わたしたちは御ミサ
終了後になる。
それから、球場を後にして太宰府市に帰り着いたのは、20時前だった。
球場を出るのが大変だった。聖体拝領が二階席の出口で行われたからだ。
ちょっとでも眼をあらぬ方向へ向けたら、迷子になる可能性があった。
妻が紅い旗を手に持っていて、それを目安にして私達三人は進む。身動きが
出来ない雑踏に居る?
バスにやっとのことで辿り着くと、長崎平和祈念像の公園に歩いて帰れなかったひとが、長崎駅から電車で帰る!と電話してきたことがあった。
大変な日が終わった。だが、ヨハネパウロ二世の時の長崎は、寒さが
特別で、凍りつく日だったらしい。まだ、マシだったのだ。
それでも、妻と僕は、次の日から風邪薬を飲み続けることになる。
今日は飲まずに済んでいる。
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東京ドームでのミサを含めて、法皇の説教全文は、『カトリック中央協議会』
返信削除を検索して頂ければ、入手可能です。